痛ててて・・・。





気が付くと、私は物の見事に瓦礫の中に埋もれていた。

少し気を失っていたのかもしれない。頭がぼうっとして、時間の経過が全く分からなかった。

相変わらずの闇の中。

どれくらい落下して、どれほどの瓦礫が積もっているのか、全く見当も付かない。

口の中が、酷くざらついている。

血とも砂とも埃とも分からない奇妙な味が、舌にこびり付いていて気持ち悪い。

鼻や喉にも細かい粉塵がびっしりと張り付いていて、思わずゴホゴホと咳き込んでしまった。



「ゲホ・・・ゴホゴホ・・・」



息を吸い込むたびに、埃っぽい空気が入ってくる。

呼吸を繰り返せば繰り返すほど埃にむせ返り、あまりの苦しさに涙が流れ落ちた。

鳩尾が酷く痛む。

落ちた衝撃でぶつけたのか、思うように肺を広げられない。



「ゲホゲホ・・・・・・ゲホ・・・」



水が飲みたい・・・。新鮮な空気を思い切り吸い込みたい・・・。



意識がはっきりするに従って、身体のあちこちがズキズキと痛み出す。

そういえば、あの後カカシ先生達はどうしたんだろう。

爆風に巻き込まれて怪我してなければいいんだけど・・・。

ああ、こんな事してる場合じゃない。早くみんなと合流しなくちゃ。

何とかしてこの瓦礫を取り払わないと・・・。


・・・でも、思うように身体が動かなかった。



「くそぉ・・・」



意識して筋肉を膨らませ、腕や脚へ徐々に力を込めてみる。

そのままゆっくりと四肢を動かして、邪魔な瓦礫を取り払えるか試してみた。

だが、大小様々な破片が重石のように全身を覆い尽くしていて、ビクともしない。

辛うじて僅かに動かせるのは、指先くらいなものだった。

痛みがなければ、もう少し力を込められたかもしれない。

だが、痛みが邪魔をして、どうしても力が抜け落ちてしまう。



まずいな・・・。

これじゃ印も結べないし、チャクラも練り上げられない。

せめてチャクラが使えれば、痛みを誤魔化して何とか脱出できるのに・・・。

こんな事になるんだったら、通信機を外すんじゃなかった。

あ・・・、でもどっちみちスイッチを入れられないから、同じ事か・・・。



暫くの間、悪戦苦闘を繰り返してみたが、結果は惨敗だった。

これ以上挑戦してみても、体力の無駄遣いなだけかもしれない。

一旦諦め、思い切り脱力する。



「はぁ・・・」



もう、何やってんだろう。情けないったらありゃしない。

せっかくさっきまでいい調子だったのに。

絶対にみんなの足を引っ張らないように気を付けていたのに。



「・・・・・・」



私のせいで、奴等にまんまと出し抜かれてしまったら・・・。

私のせいで、任務失敗に終わってしまったら・・・。



そしたら・・・。

また、みんなに・・・カカシ先生に・・・私は・・・。



「うっ・・・っく・・・くうぅ・・・」



悔し涙がじわじわと溢れてきた。

足手纏いにしかならない自分が、どうしても許せない。

あんなに頑張ってきたのに。

みんなの命を守りたくて、どんな辛い修行にも耐えてきたのに。

なのに、これじゃ昔と何にも変わらない。

私はちっとも前に進めていない――





ガラガラガラ・・・と小さな崩落はまだ続いている。

忘れた頃に、瓦礫がゴロゴロと上から降ってきて、そのたびに身体中に激痛が走った。

身体がどんどん重たくなる。

まずい・・・。

これ以上埋もれてしまったら、本当に呼吸が出来なくなる・・・。

今でさえやっとの思いで肺を広げているのに、これ以上の重みにはどうやったって耐えられそうにない・・・。



「だ・・・誰か・・・」



助けを呼びたくても、肺を圧迫されているせいか、声もろくに上げられなかった。

こんな蚊の鳴くような掠れ声では、誰にも聞き取ってもらえないだろう。

――と、突然、ガンッと大きな衝撃が後頭部を襲った。



「んぐあっ!」



どうやら、運悪く大きな欠片が頭の上に落ちてきたらしい。

あまりの衝撃に、激しい眩暈と吐き気に襲われる。



「うぐ・・・ううっ・・・うっ・・・!」 



暫く身を硬くして、何とか発作を遣り過ごした。

顔や背中にじっとりと脂汗が滲み出す。

急激に血圧が下がり、全身が氷のように冷えてきた。



「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」



もしかして、このまま私は死んでしまうんだろうか・・・。



瓦礫の重みに耐えられず、段々と手足の先が冷たく痺れ出してきた。

徐々に感覚が失われていく・・・。

このまま放っておいたら、末端組織に血が通わず確実に壊死してしまうだろう。

だけど、どこをどう圧迫されているのか確認する事も出来やしない。

血を通わせたくても、身動き一つ取れやしない。




医忍のくせに・・・。


自分の身体一つ守れないなんて・・・。


ほんと、情けないな、私って・・・。




「カカシ・・・せん・・・せ・・・」




空気が薄い。


呼吸が出来ない。




ああ・・・目の前が真っ暗だ・・・





「せ・・・・・・ん・・・せ・・・」





た・・・・・・す・・・・・・け・・・・・・




て・・・・・・・・・





ああ・・・




闇に・・・




呑まれる・・・・・・








――と、その時。

突如けたたましい犬の鳴き声が聞こえてきた。




「ワワワン!」「ワンワンワンワン!」「ワワワワワン!」

「ここじゃ!ここに小娘が埋もれておる!」




重くのしかかっていた枷が、徐々に取り払われていくのを感じた。

身体が軽くなるにつれて、ドクドクと血液が全身を巡り、呼吸が一気に楽になる。


「ゴホ・・・・・・ゴホゴホ・・・」


ああ・・・、助かった・・・。

がつがつと貪るように、何度も呼吸を繰り返した。

チラチラと白い光が目の前を慌しく舞っている。

埃や涙でどろどろの顔に超小型ライトを浴びせられ、その眩しさに一瞬目が眩んだ。



「良かった・・・。どうやら無事だな」



ポッカリと取り払われた瓦礫の向こうに、アオバさんのホッとする顔が見えた。



「はい、何とか・・・。あの・・・、みんなは?」

「この先で敵とやり合ってる。・・・動けるか?」

「はい・・・、大丈夫です」



アオバさんに引っ張り出され、やっと人心地が付いた。

ここは、一体どこなんだろう・・・。

相変わらず湿度は高いのだが、先程の地下室のような黴臭さはない。

どこからともなくひんやりとした風が吹いてきて、時折り水の滴る音が辺りに反響していた。


「痛っ・・・!」


ズキンと肩や背中に痛みが走る。

ゆっくりと腕を動かし、取り敢えず身体のあちこちを触診してみた。



大丈夫・・・。

骨は折れていない。打撲だけだ。これなら何とかなる・・・。

ダメージの大きい箇所に手の平を当てて、簡単に応急処置を施す。

クンクンと様子を窺うように鼻を摺り寄せてくる忍犬達の頭を軽く撫でながら、ゆっくりと立ち上がった。



「もう平気です。急ぎましょう」

「ああ」



待ってましたとばかりに、忍犬達が走り出す。

その後を追い、私達も奥へ急いだ。



「しかし、あの建物の下にこんな空間があったとはなあ」

「天然の洞窟ですよね、これ。迷路みたい」

「ああ、こいつ等がいなかったら絶対迷ってる」



私が落ちた所は、巨大な鍾乳洞の一角だった。

小型ライトで辺りを照らすと、白っぽい石灰岩の岩肌がぬめぬめと浮かび上がってくる。

もしかしたらあの地下の突き当たりは、この洞窟と通じていたのかもしれない。

でこぼこと滑りやすい足元に注意しながら、カカシ先生の匂いを追って先へ急ぐ忍犬達に続いて、私達もどんどん奥に進んでいった。

細かく枝分かれした道が次々と現れる。

最初こそ道を憶えていたが、途中で断念してしまった。

闇の中でぐねぐねと複雑に入り組む道は、人間の方向感覚を見事なまでに奪い取る。

こんな所に一人置き去りにされてしまったら、二度と外には出られないだろう。

だけど、カカシ先生の匂いを追う犬達の走りに迷いはなかった。

どんなに複雑怪奇な迷路でも、この子達には一本道とまるで同じ。一心不乱に奥へ進む彼等が本当に頼もしかった。



「ね・・・、さっきはどうもありがとう。お陰で助かったわ」

「礼には及ばねーぞ、小娘」

「でもあんた達、よく私の匂いを知ってたわね」

「ふん。小娘の匂いなんか拙者は知らんわ。カカシの匂いを追ったまでよ」

「え?」

「お前、カカシから何か預かっとるだろーが」

「あ・・・」



胸元で、チャリン・・・とシルバーメタルが重たく揺れた。


―― ま、お守り代わりにはなる ――


間近で見上げた先生の笑顔とか、背中に回された腕の感触とか、いろんな記憶が一気に蘇る。

ズキン・・・と、また心臓を鷲掴みされた気分だった。



「ありがとう・・・カカシ先生・・・」



誰にも気取られないよう、喉の奥でひっそりと呟いた。

じんわりと胸が熱くなり、思わずチェーンを握り締めた。



私も負けずに頑張るから。今すぐそっちに向かうから。

だから、待っててね、カカシ先生・・・。




「止まれっ!」

――!」




切羽詰ったパックンの声にビクンと反応し、慌てて立ち止まった。



「どうした?」

「・・・この先じゃ。ただ」

「ただ?」

「気をつけろ。半端じゃねえ血の臭いがする・・・」

「・・・分かった」



アオバさんと二人、ピタッと素早く壁に身を寄せ、暗闇の奥を鋭く睨み付けた。

何も見えない・・・。

だが確かに、風に乗って血の臭いが運ばれてくる。

この奥に、間違いなく先生達はいる・・・。

どんどんと強まる血の臭い。

それは、もはや一人や二人の血の臭いではない。

ギュッとチェーンを握り締めたまま、息を殺して必死に様子を窺った。



「静かだな」

「はい」



静かだ・・・。静か過ぎる。

物の動く気配が全く感じられない。

一体何が起こっているのだろう。



ジリジリ・・・と嫌な予感が、背筋をゆっくりと這い上がってきた。



「行くぞ」



素早く目を見合わせ、固い表情で頷き合う。

ギリ・・・ッとクナイを固く握り締め、大きく深呼吸して気合を入れ直すと、先生達が待つ闇の奥へアオバさんと一緒に勢いよく突き進んだ。